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川野司法書士事務所ブログ

子どもが生まれてからの、うつわ。

 

こどもが1歳の誕生日を迎えるころ、何人かの方々から子供用の食器をいただいた。

 

深川陶磁の高級なもの、こどもの名前を入れてくださったセットもの、などなど。

 

どれも我が家の子どものことを思い浮かべながら選んでくださる様子が手に取るように感じられ、

 

いただいた愛情にとても感激したことを思い出す。

 

 

 

若い頃からプラスチックが好きではなかったから、

 

こどもの食器もできるだけ磁器のものを使ってきた。

 

1歳10カ月になってもりもり食べるようになると、

 

いただきものの食器が大活躍している。

 

こどもはこどもなりに、器に描かれた絵柄をみて、食べる前からとても喜んでいる。

 

たとえば、「兜」の絵が入った深皿をみると、

 

必ずリビングの方に向いて、初節句で兜を飾っていた壁を指さす。

 

「そうそう、あそこに兜を飾ってたね。来年の4月になったらまた飾ろうね」と

 

お決まりの言葉を返すと、得心したかのように盛られた料理を食べ始める。

 

 

ムーミンシリーズのミィが描かれた赤いプレートに盛ると、

 

なんとしてでも早くミィをみたいとばかりに一所懸命に食べ始める。

 

ぺろりと平らげて、あの独特の目つきをしたミィが現れると、

 

破顔一笑、満足そうにミィをつついて喜んでいる。

 

 

 

「うつわは料理を引き立て、料理をおいしく見せてくれる装い」

 

などとわかったふうに思っていたけれど、

 

こどもの方が純粋にうつわの存在価値を教えてくれているような気がする。

 

味覚障害に!

 

4月にこどもが保育園に通い出してからというもの、

 

15年以上風邪をひいたことのないhanakoでさえ、

 

強力な子どもの風邪菌にやられて3ヶ月間、鼻声がつづいている。

 

そして、とうとう、蓄膿になり、嗅覚を失った。

 

失ってみてはじめて、味を感じる仕組みがよくわかる。

 

味を構成しているのは、ほとんどが匂いなんだということに気がついた。

 

 

例えば、今日のランチは老舗の洋食店でカレーライス。

 

ビーフがごろごろと入った高級なもので、見た目も麗しい。

 

いざ、食べん、と口に運ぶと。。。

 

率直に申し上げて「塩と小麦粉を練ったものをごはんと一緒に食べる」感覚とでもいおうか。

 

とにかく塩がきつい。

 

スパイスの香りがないカレーなんて、食べられる代物じゃなかった。

 

 

 

昨日のランチは、鳴るチュルうどんだった。

 

お腹がすいていたのでばら寿司も食べちゃえ、と手に取った。

 

その結果、

 

うどんは「湯気の立つ塩味の汁で頼りない小麦粉の麺をすする」という感じ。

 

ばら寿司にいたっては、

 

「べっとりと甘いごはんを味のない物体(ちくわ、昆布の細切り、揚げなど)と口に運ぶ」という感じ。

 

 

とにかく、「甘い」と「辛い」しか感じないのだからしょうがない。

 

 

ああ、「風味」がなつかしい。

 

かつおぶしの香り、

 

いりこだしの匂い、

 

香味野菜の多種多様な香り、

 

スパイスの奥深さ、

 

揚げ物の香ばしい匂い。

 

それらすべてがいとおしくてしかたない。

 

 

日常の食事作りにも難儀していて、なんせ味見というものができないから、

 

味つけをさほど神経質にしなくてもよい料理ばかりを作っている。

 

また焼き加減などもかなり匂いに頼っていたようで、

 

焼けたかどうだか、何度も目視しないとわからない。

 

焼き魚をして部屋中に匂いがこもっていても気がつかないので、

 

夫が黙って四方の窓を開けてくれたりもする。

 

 

 

結局、耳鼻咽喉科で処方されたお薬を飲みながら、臭覚がもどるのをひたすら待つ日々。

 

今日で約1週間になるけれどまだまだ匂いを感じる気配はなく、

 

このまま一生、臭覚がもどらなければ、残りの人生、ほんとうに無味乾燥なものになるだろうと想像する。

 

どうなることやら。

 

パパの深読み

 

こどもがイヤイヤしたり、かんしゃくをおこしたとき、

 

我が家の場合、母親と父親ではそのとらえ方が少し違う。

 

 

 

例えば、今朝のこと。

 

ランニング下着の上に登園用のTシャツを着せようとしたところ首を振って「いやー」。

 

スマイルマークの子供じみた柄がお気に召さないのかと推測し、

 

無印良品で買った無地あるいはボーダーのTシャツを提案してみるも即却下。

 

漠然とTシャツを着たくない気分なのだろうと放っておいたら、

 

リビングで手足をばたつかせてかんしゃく爆発。

 

見かねた夫があやしてみるも、効果なし。

 

 

 

母である私は「気分の問題」と気にも留めてなかったけれど、

 

父である夫は「両親と別れの時間が近づいているのを察知して、

 

なんにでも難癖をつけているのでは」とかなりの深読み派。

 

 

 

で、結局、山下清ばりにランニング一丁で登園させることにしたら、

 

マンションから外に出た瞬間、ぶるっと身震いして、素直にTシャツに首を通した。

 

 

 

結論。

 

ただ単に、暑かっただけ。

 

 

 

夫婦で子育てしていると、

 

自分では思い浮かばないような視点を教えてもらって、なんだかおもしろいなと思った。

 

なぜかうちの夫の場合、ちょっと大げさ、ちょっとズレてる時が多いけれど。

 

 

 

 

懐かしの喫茶店

 

カランコロンと鳴るドアを開けると、

 

ふわっと珈琲の香ばしいかおりが漂ってきて、

 

美人ママが「いらっしゃい」と声をかけてくれる。

 

ランチの値段はとってもリーズナブル。

 

だから珈琲もセットで楽しめる。

 

やわらかいソファにどっかり腰かけ、

 

少し小さめのテーブルを前に座っていると、

 

きこえてくるのは80年代の歌謡曲。

 

なんだろう、この懐かしさ。

 

初めてきたのに、初めてじゃない気持ち。

 

なんだか小学生のころに親に連れられて入った

 

喫茶店の空気がよみがえる。

 

 

この茶房を知ったのは、地元紙の「読者の手紙」欄だった。

 

常連さんとのおだやかな日々をエッセイ風に投稿した内容と、

 

その投稿者の女性の年齢がまだ40代ということで気になった。

 

投稿された内容を読む限り、

 

60〜70代の女性が綴っているように思えたからだ。

 

彼女の名前がとても珍しかったので、

 

ググってみるとお目当てのお店はすぐに分かった。

 

実際に足を運んでみると、

 

彼女が書き連ねたご自身のお店の雰囲気が、

 

まるでそのまま再現されていて驚いた。

 

 

 

想像していたとおりの内装、お料理、お人柄、客層。

 

だから、なんだかうれしくなってこんな風にブログを更新したものの、

 

名前をふせておこう。

 

私が知らなかっただけで、界隈ではとても有名なのかもしれないけれど。

 

言葉にできない気持ち

 

子供も1歳を過ぎてくると

 

「なんだかいい感じ」あるいは「なんだかいやな感じ」

 

という雰囲気を感じ取れるようです。

 

例えば、母親がトイレにいくことがわかると、それ以上は追いかけてきません。

 

トイレはなんだかあまり近づきたくない場所、

 

あるいは母親がトイレにいるときは甘えるもんではないと認識しているようなのです。

 

人間てふしぎだなと思います。

 

いちいち教えなくても、子供なりに先天的な感覚として

 

「いい気持ち」「悪い気持ち」が備わっているようなのです。

 

それは説明できることではないし、許容できる範囲や感覚も、子供それぞれに異なるのでしょう。

 

 

最近、国道192号線を通ったとき、そんな子供みたいな気持ちの悪さを感じました。

 

大学病院、県の中核病院の目の前に建設される大きな葬祭場。

 

最近、臨終のあと、自宅に帰らず、葬祭場に遺体を直接運んでもらって、

 

通夜・葬儀を執り行うケースが増えているそうです。

 

だからこそ、感じる、あまりにダイレクトなイメージ。

 

もし自分や自分の家族が死を意識しながら入院していたら、

 

この風景を見てどんな風に感じるだろうと想像すると、

 

心がざわざわするのです。

 

クルマで通るたびに、なんだか居心地の悪さを感じます。

 

 

 

はかなくも、たくさんの人の心に残る仕事

 

週末、思い立って神山をドライブしてきました。

 

左右の道路に並ぶ桜並木は圧巻で、いつもは靜かな山里も絶好の花見日和とあってたくさんのクルマと人で大賑わい。

 

これほどたくさんの桜を植えて、育てて、町を春爛漫に輝かせるなんて、住民の方の熱意と行動力に脱帽しました。

 

神山町の鬼籠野地区には、住民の方がご自身のすだち畑にしだれ桜とレンギョウをこつこつ植え替えて、

 

一山丸々美しいしだれ桜に彩られた名所もあるそうです。

 

きっと、5年、10年の月日をかけて、いつか咲き誇る桜が多くの人の目を楽しませる日を夢見ながら、

 

土を掘り、苗を根付かせ、植える間隔を計り、手塩に掛けて育ててこられたのでしょう。

 

 

名を広く売り、モノを高く売り、お金をもっと稼ぐー。

 

資本主義社会では経済活動に貢献する仕事が高く評価されます。

 

しかし、こうして人知れず、対価を求めず、

 

ひたすら桜に彩られた町の姿、桜を愛でる人の笑顔を思い浮かべながら取り組む仕事は、

 

はかなくとも確かで、地に足が付いていて、とても素敵な「仕事」のありようだなと思いました。

 

ひとがその手で創り出すもののすばらしさは計り知れないし、

 

自分の身体をちゃんと使って生活をしている人への憧れは尽きません。

 

 

週末を待つ

カレンダー通りに働くと、

 

月曜日の朝はちょっと腰がおもくて、

 

水曜日くらいに調子があがってきて、

 

金曜日には休日がすぐそこにある安堵感でいっぱいになる。

 

 

そんな日々のなか、

 

去年、事務所の近所にスコーン屋さんが開店した。

 

営業時間は木曜日から土曜日の3日間。

 

午前11時の開店からお客さんの行列ができて、売り切れ次第閉店となる。

 

かわいらしい外観のお店がにぎっている、というだけで小さな街角の雰囲気がアップするからふしぎだ。

 

 

そして、スコーン屋さんの開店にあわせて、自分の曜日感覚が少し変わってきたのを感じた。

 

木曜日にスコーン屋さんがにぎわっていると、早くも週末気分に心が浮き立つ。

 

そうなると正味、働かなきゃというお堅い気分でいるのは月曜日、火曜日、水曜日の3日間だけ。

 

 

会社のなかには水曜日をノー残業デーにしているところもあるという。

 

水曜日に月、火でたまった心の澱を少しだけリセットできれば、木、金の2日間も乗り切れるのかもしれない。

 

 

なにごとも自分の気持ち次第。意識の持ちようなんだなあと思ったり。

 

スイーツが止まらない!

 

妊娠・出産・授乳期のノンアルコール生活も2年を越え、いまやスイーツ生活を謳歌する日々。

 

週末にはあちこちのケーキ屋さんに足を運んで、ご褒美ケーキを選びます。

 

AU POIVRE のモンブラン。

 

エクレール のいちごプリン。

 

クリスティーヌ のチョコケーキ。

 

どちらのお店も、製菓技術、味、食感の組み立て、見た目のデザインにそれぞれ違いがあっておもしろい。

 

スイーツってある意味だれでも作り手になることはできるけれど、

 

「プロの製菓」という言葉は、ほんの一握りの人にだけ許されるものなんですね。

 

甘い物の写真を眺めるだけでシアワセな気分になれる日がこようとは。

 

さて、今週末は、どんなスイーツを選びましょうか・・・。

 

 

あっという間の「牛すじ煮込み」

 

 

ローストビーフとは別のお肉屋さんで仕入れた国産牛すじ(180円@g)

 

圧力鍋で下ゆでして水洗いし、また圧力鍋に戻してこんにゃく、大根とともに煮込むと、

 

たった10分加熱してあとは放置で、とろんとろんの牛すじ煮込みが完成!

 

ストウブやルクルーゼでコトコトも素敵ですが、

 

今は圧力鍋の圧倒的な時短仕上がりに魅せられています。

 

 

 

お気に入りのローストビーフ

大変お世話になっている方からご紹介いただいたお肉屋さんのローストビーフ。

 

「たたき」に近いレアな焼き加減ですが、塩こしょうがキリっと効いていて、

 

テーブルに出したら夫婦ふたりで「ビーフ、かいわれ大根、ゆず胡椒ポン酢」のリピート合戦です。

 

なんといっても買ってきてお皿に盛っただけで醸し出されるゴージャス感が育児中に助かります。

 

 


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