お知らせ | ブログ

川野司法書士事務所ブログ

給食の法則

 

保育園の給食と我が家の夕飯の献立に妙な法則が。

 

 

「よし、晩ご飯は麻婆なすにしよう!」と決めてお迎えにいくと、

 

保育園の掲示板に掲げられた本日のメニューが「麻婆豆腐、餃子、サラダ」。

 

 

 

今夜は塩鮭を焼いて、ほうれんそうの白和えとお味噌汁で終わり!

 

と手抜きるんるんでお迎えいくと、

 

保育園のメニューが「塩鮭」。

 

 

 

「シチューオンライス」のコマーシャルに感化されて、

 

我が家も今夜はクリームシチューにしちゃおう!と意気込んでお迎えすると、

 

保育園のメニューが「ハヤシライス」。

 

 

 

いずれも献立変更を余儀なくされ、さらに適当すぎるメニューになだれこんでしまうのでした。

 

マーフィーの法則ならぬ、保育園給食の法則。

 

って、献立考える前に保育園の献立表を確認すればいいだけですね。

 

 

ちなみに今晩はズッキーニと牛肉の甘辛炒めをしようと思っているんですが、

 

保育園メニューは、なんと、

 

「阿波牛とごぼうの炊き込みご飯」。

 

かぶり度が低いと判定して、このままの献立で続行します。

 

 

 

こどもの備忘録 2歳8カ月

 

言葉の遅れをあんなに心配したというのに、

2歳をすぎてからどんどん言葉がふえて、

2歳8カ月に近い最近では、

単語をつなげて文章を頭の中で組み立てながら会話ができるようになってきた。

 

備忘録として記しておこう。

 

 

ママ、じゅんがだっこして、いうた、らー、ママ、うん、いうた。

 

きょう、がっこうで、泣かん。(帰りに)ローソンも行かん。

 

キウイを−、もういっこ、たべりゅ!

 

(食卓に並んだおかずを指さしながら)

これも、これも、これも、ぜーんぶ、ママ?

 

ママ、ウンコしたー!(時たまウソが混じる)

 

 

 

イラっとした表情をみると、すかさず「ママ、かわいい」と声を掛けてくれるけど、

ここは大いに反省。人の表情をうかがうような子どもに育ててはいけないなと思った。

 

NHKで放映している「きかんしゃ トーマス」はテレビ番組の中で唯一じーっと観るので、

トーマスのTシャツを買ってみたけれど、

胸のところについているトーマスの顔のワッペンが「こわい」らしく、

一度も着ようとしない。

 

というか、洋服の好みがニッチすぎて、

たくさんの夏物ラインナップの中で、

着るTシャツ2枚、短パン1枚という偏狭さ。

洋服売り場でも、本人が「これいる!」と言ったものしか着ないし、

「これいる!」が飛び出す洋服は滅多に出てこないので、

コーディネートどころじゃない。

 

 

 

 

ことばを獲得する生の現場

 

2歳6カ月、いま、まさに「子どもが言葉を獲得する」生の現場に立たされている。

 

子どもの生活圏は家庭と保育園の両方だ。

 

だから、そんなの教えたっけ?という言葉を急に発するようになってびっくりすることがある。

 

 

例えば、

 

「アカン アカン」。

 

ブロック遊びをしていて、

 

自分の思っていたものとは違うものが作られているとわかると、

 

「アカン アカン」と言いながら、ブロックをひったくり、

 

「はずす はずす」と言いながら、ブロックを解体していく。

 

「アカン」も「はずす」もおそらく保育園でひろってきた言葉だと思う。

 

 

 

最近、え!と思ったのは、

 

「もー、パパー」。

 

パパがいつも和室に入る重たい引き戸を閉めてしまうので自分が自由に入れない。

 

「もー、パパがまた閉めた−。入れんよー」という不満を

 

「もー、パパー」に凝縮させているらしい。

 

 

 

これは、新聞読みっぱなし、暖房つけっぱなし、

 

などの行為が見受けられる「パナシ族」の夫に対して、

 

常日頃、妻たるhanakoが発している言葉なので、深く反省。

 

 

 

保育園の向かいのお宅は色とりどりの植木で私たち親子の目を楽しませてくれる。

 

いまは赤いチューリップが私たち親子のお気に入り。

 

チューリップが目に入ると、

 

「さいたー、さいたー、チューリップの花が〜」とうたってみる。

 

そこですかさず、「チューリップってゆってごらん?」

 

と子どもにうながすと、

 

 

 

発せられたのは

 

 

「テーピッポー」

 

 

自信満々の子どもの顔を見ていると、

 

チューリップだよ、と言い直すことができず、

 

「さいたー、さいたー、テーピッポーの花が〜」とお茶を濁す。

 

 

 

ピアノの先生に「耳が悪い」と指摘された音痴なhanako。

 

その遺伝子は確実に息子に受け継がれている気がしてならない。

 

 

2歳4カ月boy 見えないものだって見える

 

はやいもので2歳4ヶ月を迎えた息子。

 

心配していた言葉の方も、いまでは「ママの言葉をなんでもリピートするよッ」って状態にまでなり、

 

気に入った言葉なら自ら発して得意げな調子。

 

以下、記録のために、2歳4カ月の彼が、最近発している言葉の数々を書き留めておこう。

 

パパ

ママ

ジージー

バーバー

ハーイー(はいのお返事=イクラちゃんそっくり)

ムーミン

ミィ

アチャ(赤)

アオ

キイロ

シロ(2月8日に初めていえた)

バブー(赤ちゃんの泣き声のマネ)

アンパンパン(アンパンマン)

センセイ(保育園の先生のこと)

いる?

どうぞ

み!(みかん)

パン

あーあ(残念なとき、お茶をこぼしたとき)

シュキ(すき)

 

 

幼児のたどたどしく、つたない発音は大人の心をわしづかみにする作用があり、

 

まさに「2歳」が「かわいい盛り」であること実感する。

 

しかし、上記の言葉以外にもっともはっきりと発音して、彼が多用する言葉があるのです。

 

それは

 

「イヤ」。

 

 

 

夫にいわせると「拒絶というのは自分を守るための手段であり、

 

その姿勢を示す言葉を獲得したのだからたいしたものだ」とのこと。

 

さすが9割くらいの育児を丸投げしているだけある。

 

受け止め方に余裕がありすぎる。

 

 

 

昨晩も

「お風呂入るで?」

「イヤ」。

「ふーん」

「温泉の粉、フリフリするんちゃうん?」

遊んでいたおもちゃを投げ捨ててスタタタターと浴室に直行。

 

そう、息子はいま、我が家の「温泉番」なのである。

 

「旅の宿」を毎晩一袋、お湯の中に振り入れるのが自分の役目と認識しているらしい。

 

特に「にごり湯」シリーズがお好みで、昨夜も「白骨温泉」を堪能した。

 

 

 

朝は朝で「起きなよ−」と揺り動かすと「イヤ」と第一声。

 

ところが「川にムーミンがいるか見に行こう」というとそそくさとベッドからはい出る。

 

そして窓から眼下の助任川をじーっと眺める。

 

「ムーミン、おる?」と尋ねると、人差し指で川のどこかを指さして「あっ」と発見。

 

 

 

大人には見えない、ムーミンの姿。

 

彼には見えるらしい。

 

子供の目に映る世界と大人の目に映る世界は微妙に違うのだと気づく。

 

そんなとき「イヤ」も含めて、子供のすべてがとってもいとおしくなったりも、する。

 

 

 

生活に必要なもの、とは。

 

キッチンリフォームをするため食器棚の中の食器をすべて出してみると、

 

あるわあるわ使っていないお皿やコップたち。

 

毎年、断捨離を継続しているというのに、である。

 

リフォームの2日前に最低限の食器以外をすべて段ボールに詰めた。

 

大人2人、幼児1人の家族構成で、

 

お皿6枚、ご飯茶碗3つ、汁椀3つ、グラス3つ、湯飲み2つ、お鍋用取り鉢3つ、のみを残して。

 

 

 

 

結果、、、

 

何も問題なかった。

 

 

 

 

愕然。

 

 

 

キッチンが完成したとして、もはや段ボールを開かなくても大丈夫かもしれない。

 

あんなにうつわが好きだったのに………。

 

うつわ屋さんを開くのが夢だったのに……。

 

 

 

いまでもうつわが好きには違いないけれど、

 

あの頃とは違う境地に達してしまった。

 

 

 

じゃあ、いまは何に興味があって欲しいと思うの?

 

と尋ねられたら、

 

「アート!」と大きな声で叫びたい。

 

 

 

アートアドバイザー奥村くみさんのインスタを見てから、

 

「アートのない生活なんて?!」と熱に浮かされている。

 

かといってまだお気に入りのアートを手に入れたわけではないけれど、

 

まずは1枚、買ってみようかなと画策中。

 

 

地元のホテルに泊まってみた

自宅のリフォーム工事期間、徒歩10分のところにある駅前のホテルに滞在した。

 

 

 

子どもにとっては初めての外泊。

 

初日は広いベッドの上でごろごろしたり、

 

カードキーの使い方をマスターして先導役を楽しんだり、

 

興奮していたようでなかなか眠ってくれなかった。

 

夜の食事は夫の母が子どもの分だけ用意してくれて、

 

保育園帰りに食べに行ったのでラクさせてもらった。

 

祖父母の方も毎日孫が遊びにきてくれるとあって大喜び。

 

大人一人分くらいの量をパクパクおいしそうに食べる姿に目を細めていた。

 

 

 

我々おとなの晩ご飯はホテルに帰って荷物をおいてから駅前に繰り出した。

 

1日目は老舗の焼き鳥屋さん。

 

1組しか先客がいなくて店も広々していたので「幼児連れでも構いませんか?」と尋ねると快諾。

 

満腹の子どもはベンチシートに座ってわりとおとなしくしてくれたので、

 

2年ぶりに焼きたての焼き鳥を食べる幸福にありつけた。

 

 

 

 

次の日はトラットリアなイタリアンへ。

 

こちらも店内広めで料理の提供が早そうだったので行ってみると、

 

幼児連れでもどーぞ、どーぞな対応ですぐにいい感じの席に案内してくれた。

 

イタリア人?な男性ウエイターさんがお水も出してくれて歓迎ムード。

 

ばっちりアルデンテなパスタやほかほかラザニアなど、

 

ディナーならではの手の込んだ料理ができたてほやほやで並ぶわ、

 

ミネラル感たっぷりのおいしいワインもすぐに運ばれてくるわ、

 

至れり尽くせりで大満足。

 

 

 

子どももおとなしくスマホの写真を見たり、

 

トングでコルクをつかむ練習をしたりと、

 

チェアにちょこんと座って両親が堪能するイタリアンな夜を静かにサポートしてくれた。

 

 

 

ホテルには訪日客(主に中国人)が大勢泊まっていてびっくり。

 

ちょっと警戒したもののエレベーターの中やホールとかで大声出す人や

 

バイキングのマナーが悪い人はほとんどおらず、

 

外国語をしゃべる日本人みたいだった。

 

もう昔みたいに「中国人は〜〜〜」という時代ではないのかもしれない。

 

 

 

あえて地元のホテルに泊まってみると、

 

徳島駅前を違う視点から眺めることができて、

 

なんだか新鮮な体験だった。

 

それに夜の駅前に人がたくさんいたのは住民として単純にうれしい。

 

費用も余分にかかったし、不自由もあったけれど、なかなかいい経験だったなあと思う。

 

 

「こころの子育て」(河合隼雄著)朝日文庫

 

育児にまつわる本を探して本屋さんをぶらぶらしていると、

 

「頭の良い子を育てる方法」とか「こうすれば進んで勉強する子になる!」とか、

 

なんとハウツー本の多いことか。

 

 

 

 

その中で手に取ったのが河合隼雄先生の「こころの子育て」。

 

Q. 「お母さん」になると「私」でなくなるようで怖いです。

A. その両方をどう生きるかが、その人らしさなんです。

 

Q. ボーッとしていることがよくあります。心配ないですか。

A. そのように見えるときこそ、こころが育っているんです。

 

Q. 早期教育は子どもにプラスですか?マイナスですか?

A. 就学前に大切なのは勉強ではない、自由な遊びです。

 

Q. 思春期までに親としてやっておくべきことは何ですか?

A. 「ああおもしろかった」という体験を貯金しておくことです。

 

 

 

いいですね−。

 

なんだか安心します。

 

 

 

 

 

 

我が家の息子、2歳をすぎても言葉が遅くて、

 

保育園の同じクラスのお友達が2語文をしゃべるなか、

 

おうちでもママ−、パパ―、アー、ウーですべてまかなう始末。

 

最近では「ママ−」で喜怒哀楽を器用に表現するようになり、

 

こちらの方も「ママー」の声の張り上げ方、リピートの回数、イントネーションだけで、

 

何を欲しているのか大体わかるようになってきました。

 

 

 

 

焦るほどのことではないけれど、もっと気にした方がいいのか。

 

親としての対応をふと考えるなかで出会ったのが、この本。

 

 

 

 

「センス・オブ・ワンダーを探して」阿川佐和子、福岡伸一著 だいわ文庫

 

そのなかで阿川佐和子さんが「メアリー・ポピンズ」の一節を紹介してくれています。

 

メアリー・ポピンズは双子の赤ちゃんのお世話をしていて、赤ん坊と心が通じ合っていて喋れるんだそうです。

メアリー・ポピンズによると

「赤ん坊は言葉を覚える前はすべてのことがわかっていて、私と喋れる。

その記憶は人間の言葉を覚えた途端に抹消される」

らしいです。

 

 

 

この一節は阿川さんにとってのセンス・オブ・ワンダーであり、

 

ずっと心に残っているそうです。

 

 

 

 

子ども時代がおとなになったときの自分を支える。

 

そう思うと発話にやきもきするよりも、

 

子どもが目を輝かせるような体験を積み重ねることが大事なのかな、

 

とすとんと落ちました。

 

 

 

いつの間にか

 

こどもが離乳食を食べていたころ、

 

おかゆやつぶしたおいも、みじん切りのお野菜、

 

しらす、ハンバーグなどいろんなメニューを用意したものの、

 

ぺろりと完食なんてことはなくて、

 

さじを口元に持っていっては、固く閉じられた唇が開くことはなく、

 

ため息をつく日々だった。

 

まさに「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」である。

 

そして、

 

「ぱくぱく食べてくれるならおかあさんはなんでも作るよ!」と宣言していたらしい(夫談)。

 

 

 

 

こどもが1歳半すぎまで、

 

毎朝4時半や5時半に起きるのが当たり前で、

 

毎日睡眠不足だった。

 

一度でいいから自然に目が覚めるまでぶっ通しでごんごん眠りたいと思っていた。

 

 

 

1歳7カ月で断乳・卒乳し、ごはんを食べるようになった。

 

喜ぶのもつかの間、相変わらず朝は5時半から目覚めて、

 

今度はキッチンまで行ってわーわー騒ぐようになった。

 

保育園から帰ると、夕飯の支度をする後ろで、

 

早くもダイニングテーブルに座って泣きわめく。

 

この状況を回避するため、保育園に迎える前にあらかた夕飯の用意をしておくようにした。

 

 

 

1歳10カ月くらいになると、今度はお風呂をいやがり始めた。

 

「おふ・・・ろ」という言葉がきこえた瞬間、ぎゃーっと泣きわめく。

 

夫と二人がかりで洋服を脱がせようものなら、反っくり返ってぎゃーぎゃー。

 

無理矢理お風呂に連れ込んで、あったかい湯船につからせたら、ようやくぼけーっと放心するものの、

 

毎晩のおふろタイムが憂鬱で仕方なかった。

 

 

 

で、10月で2歳を迎えた今日この頃。

 

朝は起こすまで眠り続け、出されたメニューはほぼほぼ完食し、おふろとなるとスタスタと歩いて行く。

 

まあ、例外なときもあるけれど、たった半年の間に、こんなにも成長していたのかと驚く日々。

 

 

うつわ替え

 

最近「衣替え」ならぬ「うつわ替え」プロジェクトを進行させている。

 

結婚してから2人暮らしが長かったため、

 

我が家の食器棚には作家さんの土モノのうつわがすべて2枚、2客でひしめきあっていた。

 

好きな作家さんの展示会があれば足を運び、

 

作家さんと一緒にあれこれおしゃべりしながら、うつわを選ぶのが楽しかった。

 

ネット通販で店主さんのコメントに魅せられ購入したうつわもたくさんある。

 

それらのうつわは多種多彩な形と色と柄でスタッキングは難しく1点1点を楽しむという感じだった。

 

 

 

けれど最近、子どもがしっかり食事をするようになり、

 

家族で囲む食卓にもっと統一感を出したいなと思い始めた。

 

できれば割れにくく、欠けにくく、清潔感がある食器が理想的。

 

 

そこで出会ったのが「マルミツウエブストア」。

 

ここで扱われているうつわたちは、とにかくシンプルでプレーン。

 

なかでも「R.B.B.C」というシリーズはその形と色だけで勝負している潔さがかっこいい。

 

ホテル仕様の食器や、ちょっと土モノのの雰囲気があるベーシックなお皿など、

 

とにかくしっかり企画して作り上げたうつわたちが勢揃いしていて、

 

ついついクリックして見入ってしまう。

 

 

 

考えてみると、衣服なら数年着て使わなくなると処分対象となるのに、

 

うつわとなるとどうしてなかなか処分できないのだろう。

 

もう10年近く使ってないのに新聞紙にご丁寧にくるんで引き出しの奥につまえこんでしまうのはなぜ?

 

 

 

「マルミツウエブストア」のページを眺めながら、

 

真っ白なテーブルクロスに白い器たちでキリっとした食卓を思い描いているけれど、

 

我が家の男衆2人はきっと落ち着かないかもしれない(笑)

 

早朝さんぽ

 

1歳7カ月くらいまで毎朝4時半や5時に起き出していた我が子。

 

付き合うhanakoもへとへとになりかけていたけれど、

 

最近やっと朝の6時起床がインプットされました。

 

ホッ。

 

 

そこでパパとふたり、あるいはママとふたりで、毎朝6時半〜7時の間に早朝散歩に出かけています。

 

西の丸橋を渡って川沿いをてくてく。

 

途中、バルバルさん(床屋さん)の営業状況を確かめて、

 

(当然、早朝なので閉店していますが、くるくる回るサインポールが見たいらしい…)

 

前川橋に入り口にある4段の階段をえっちらおっちら昇ってダッシュ。

 

その勢いで橋から歩道に出るゆるやかなスロープをトットットーと駆け下ります。

 

 

 

歩きながら、ふと立ち止まり、カーカーと鳴くカラスを指さし「うーうー」。

 

交差点では青信号と赤信号の変わる仕組みも少しだけお勉強して、

 

道行く人が話しかけてくれたら、手を振って愛想を振りまく。

 

 

 

こどもの目に映る朝の世界はどんな風にみえているのでしょう。

 

親にとっても、夏の朝早く小さな手を握って、

 

てくてくと歩いた日々はかけがえのない思い出になりそうです。

 

 

 


最近の記事

カテゴリー

アーカイブ

リンク

記事を検索する