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川野司法書士事務所ブログ

パパいや期、まっただ中

 

3歳3カ月をすぎた息子。

 

食事中に、パパと目が合っただけで「いやー。みんといてー」。

 

さらに3人でテーブルを囲んで晩ごはんを食べているとき、

 

パパとママだけで会話していると、右手を振り回しながら、

 

「やめてー。お話せんといて!」と怒る。

 

ママと二人だけのお風呂上がり、リビングにパパがいるだけで、

 

「ダァンメ、あっちいって」。

 

ことごとく、パパいや、あっちいって、の嵐である。

 

「ママとふたりがいいん!」

「ママとずっと一緒におるん!」

 

と日々、ママ命を宣言しまくっている。

 

 

 

ところが、この前、ママのいない間にパパとパンケーキ屋さんにいったようで、

 

パンケーキ大好きになった息子。

 

「今度のお休みはパパがオシゴトでいないから、ママとパンケーキ食べに行こっか?」と誘うと、

 

「パパといく」とぽつり。

 

 

 

はぁ?

 

3歳児の思考回路、感情のうねり、まったくもって謎だらけ。

 

 

 

おにいちゃんパンツ デビュー!

 

さいきん、子どもがおもむろに話しかけてくる話題がある。

 

それは「おにいちゃんパンツ」のこと。

 

 

 

台所で白菜をざっくざくと切っていると、

 

背後にしのびよってきて、そっとつぶやく。

 

「〇〇くん、今日からおにいちゃんパンツはっきょった…」

 

 

 

「そうなん?ほかにはだれがおにいちゃんパンツはいてる?」

 

と尋ねると、「えっとねー」と目を泳がせながら、

 

次々にクラスメイトの名前を挙げていく。

 

「それじゃ、みんなパンツはいてるん?」と尋ねると、

 

「そうなんよー。〇〇ちゃんは、ドキンちゃんのパンツはいとんよー」という。

 

 

 

どうやら、こどもなりに小さな焦りを感じているようだ。

 

おしゃべりは達者になったが、「おしっこ出そう」とはまだ言えない。

 

ようやく「おしっこしたよ」と過去形で報告ができる程度だ。

 

 

 

こどもの焦燥感を担任の先生に伝えようかと迷っていた次の日、

 

なんと担任の先生から「お母さん、そろそろお兄ちゃんパンツ試してみてもよいですか?」とご提案が!

 

絶妙のタイミングに「ぜひぜひ、お願いします!」と大きな声が出てしまった。

 

それを横で聞いていた子どものうれしそうな顔といったら。

 

 

 

帰宅してからも上機嫌は続き、なにやら空想のお話をペラペラと一人で喋っている。

 

ちょっとしたことにも大笑いして、パックスロマーナ状態。

 

明日の準備と言いながら、おにいちゃんパンツを出してやると、

 

「おにーのパンツはいいパンツー」の歌詞を、

 

勝手に「おにーちゃんパンツはいいパンツー」と替え歌にして歌いながら部屋中を走り回っていた。

 

さらにパンツ片手に抱きついてきて、そっと私の顔を見上げると、

 

「あんなー、あしたなー、K先生が責任持ってトイレ連れて行ってくれるんやって」と力強く語る。

 

責任持ってトイレ連れて行く、というフレーズをどこから引っ張り出してきたのかわからないけれど、

 

たしかに担任の先生は常に責任もって保育をしてくださるので大丈夫だろう。

 

 

 

トイレトレーニング、うまくいくかどうかわからないけれど、

 

こどもの気持ちをダイレクトに感じた出来事だった。

 

 

おいしーねー。

 

スガさん著の「もっとラクする半調理」という本を参考にして、

 

『半調理』にいろいろと挑戦している。

 

 

 

例えば、豚肉や鶏肉、魚の切り身を「しょうゆ、酒、みりん」のゴールデントリオに漬けておくと、

 

あとは焼くだけでメインの一品が出来上がる。

 

共働き主婦にとってメインが決まっているというのは、

 

何ものにも代えがたいほど心の平安を得られるもの。ホッ。

 

豚肉や鶏肉なら、いろんな野菜を足して炒めたり、グリルで焼いたりすると、

 

栄養素もざっくり満たした一皿になるのでさらにうれしい。

 

 

 

昨夜はブリの切り身の漬けをグリルで焼く間に、

 

まぐりのお刺身を造り、ニラ玉を仕上げて、湯豆腐もスタンバイ。

 

 

 

こどもは食卓に並んだおかずを眺めて、

 

「ママ、しゅごいねー」と大げさに褒めちぎってくれる。

 

さっきまで一緒に線路を作っていたママが、

 

いつの間にか食卓にごはんのおかずを並べていることが、

 

子どもにとっては「魔法みたい」らしい。

 

 

 

まずは甘辛く味付けしたニラ玉をぱくぱく食べて、

 

「おいしーねー」と目をつむる。

 

「じゅんなー、たまごだいしゅき。また作ってよ!」と念押しされる。

 

 

 

次に「ママ−、お魚さんとごはんをこのお皿に盛ってよ」という。

 

どうやら、ワンプレートごはんでわしわし食べたいようだ。

 

白いお皿にまぐろのお刺身一切れ、ブリの照り焼きをほぐしたもの、ごはんを2口くらい盛ってやる。

 

すると「おしょうゆもチョッチョッとかけてよ。ぜんぶにな」とすかさず指示が飛ぶ。

 

「チョッチョッとな」を意識しながら、かけてやると、またまた「いただきます!」と手を合わせ、

 

まずは、まぐろのお刺身からブリ、ごはんと順番に平らげて、

 

「おさかな、おいしいねー。なんでこんなにおいしいんだろうね−」などと言う。

 

そのワンプレートを3回くらいおかわりして、晩ごはん終了。

 

ふたたび手を合わせて「ごちそうさまでした」とにっこり。

 

 

 

手を合わせる姿をじっと見ながら、

 

まだまだ「おてて」は小さいなーなどと感慨にふけっていると、

 

「ママ!『おそまつさまでしたッ』は?」とつっこまれた。

 

 

ひとりでできるもん! (3歳0カ月の場合)

 

3歳になった息子は「ひとりでできる!」がブームだ。

 

 

 

肌寒い朝、薄手のアウターを着せようとすると、

 

「ママ、あっちいって」とあっちの方向を力強く指さす。

 

ジッパーに手間取る姿を見て、思わず助け船を出そうとすると、

 

鬼の形相で「いや!ダメ!あっちいって!」と叫びながら、

 

寝転んで泣き出す。

 

10分くらいかけて悪戦苦闘しながら、やっとジッパーを上にキュッと上げて着終わると、

 

「ママ、みて−。自分で着れたよ」と満面の笑顔。

 

「すごいねー。ちゃんと自分で着られたね!」と大げさに拍手すると大喜びする。

 

 

 

昨夜は、テレビでトーマスを観ようと、チェアを押して移動させようとしていたが、

 

幼き非力ではチェアがなかなか動かないので、気づかれないようにそっと押したら、

 

すかさず気づいて大騒ぎ。

 

「あああーっん、もう、ママ、あっちいって!」

 

これで人生が終わったという風情で床につっぷしたかと思えば、

 

胸の前で両手をバッテンしながら「だめー」と叫ぶ。

 

カラマーゾフの兄弟に出てくる登場人物みたいだ。

 

何もかもが大げさで自分の世界に入りきってる。

 

 

 

今朝は朝食の席でヨーグルトの蓋を自分で開けようと悪戦苦闘していた彼。

 

「ママ、あけてー」とかわいく要請してきたので、

 

思わず親切心で全開にして蓋をゴミ箱に捨てたところ、

 

イスをがたんがたんして「えー、なんで、なんでなん」と絶望した。

 

よくよく聞けば、ふたは途中までしか開けてはいけなかったらしい。

 

。。。しらんし。そんなん。

 

 

 

 

ところで、今朝のこと。

 

いつも歩いて渡る橋の上で、ジムニーがしゅーっと走っているのを見かけた。

 

クルマの名前を言うのが大好きな息子が得意げに、

 

「あ、ジムニーが走って行ったなー」と言うので、

 

「ジムニーさん急いどったなー」と簡単に応答。

 

その後、保育園の駐車場について、さあチャイルドシートから下ろそうとすると、

 

「いやー」と顔をそっぽむけて怒ってる。

 

さあ、何に怒ってるのか。

 

 

 

よくよく聞いてみると、

 

「けんちゃん(いとこ)のパパがジムニー乗っとるけん、その話をママとしたかったん」。

 

それで、いとこのけんちゃんのパパ(hanakoの兄)が、

 

今まで2台のジムニーを乗り継いでいること。

 

いまのジムニーは中古で買ったこと。

 

ジムニーは走りが固いので家族はみんなジムニーに乗りたがらないこと。

 

などなど、どうでもいい話をしたら、とっても満足した顔をして、

 

「またクルマのお話しようなッ」と言いながら保育室に入っていった。

 

 

 

3歳児の頭の中は親にもわからないことだらけだ。

 

 

リクエストに応える

 

子どもが最近、食べたいものをリクエストすることにハマっている。

 

親にとってはちと迷惑な話である。

 

 

 

朝、ベッドから起き出して第一声が、「今日の卵は『でまだ焼き』(目玉焼き)にしてよッ」。

 

今朝は目をうっすらと開けて、けだるそうに「おじやがいーい」と一言。

 

この前の夜は、突然、「カレーライスしてよ」と言い出した。

 

どうやらお昼に保育園でカレーライスのおかわりができなかったから、らしい。

 

 

 

昨晩はいただきものの伊勢海老でお鍋をしようと準備していると、

 

「えびも食べるけど、オムライスもしてよ」と笑顔で言ってきた。

 

それには訳があって、夕方ふたりでお散歩をしていたら近所に野良猫を発見して、

 

子どもなりに、猫さんお腹すいてないかなー、猫さんどこでねるん?などと聞いてきた。

 

猫さんのイメージをふくらましてやろうと思い、

 

「猫村さんっていう、猫の家政婦さんがいてね、ネコムライスが得意料理なんだよー」などと語ってみたのだ。

 

すると、キラリと目が光り、「ママ−、今夜オムライスー」と言い出したわけ。

 

卵の上にケチャップで猫の顔を描いてやると、うれしそうだったな。

 

 

 

こうして振り返ってみると、

 

特別に材料をそろえなくてもすぐに作れるものばかりリクエストしてくるような…。

 

ちっちゃな子なりにいろいろ気を遣いながらわがままを言っているのかもしれない。

 

 

3歳になりました。

 

早いモノで、我が家の息子も3歳になりました。

 

当日は、たまたま休日だったもので、

 

夫の両親を誘ってお鮨屋さんでバースデー宴会をし、

 

それから自宅でケーキを囲んで2次会。

 

じーじ、ばーば、パパ、ママから「ハッピバースデイ!」の歌を歌ってもらい、

 

本人、笑顔でご満悦。

 

3本のろうそくを吹き消す自信はなかったようで、

 

「ママ、一緒にふいてー」と言うので、ふたりで息をあわせて「ふっ」。

 

ぱちぱちぱちーと拍手して、あとはケーキをパクパク食べて終了しました。

 

 

 

新生児から2歳までの間を思えば、

 

3歳なんてほんとに手がかからず、おしゃべりもたくさんできるようになって、

 

コミュニケーションがとっても楽しい。

 

最近は絵本もあいかわらず好きですが、

 

ママが勝手につくって語る

 

「じゅんが生まれた日のこと」

 

「じいじが生まれた島のおはなし」

 

という2大創作話がだいすきらしく、

 

お布団に入ると、どっちかのお話をせがまれる。

 

 

 

「じゅんが生まれた日のこと」のハイライトにはパパが登場する。

 

じゅんが生まれた後、真夜中に自宅に帰ったパパはうれしくって遠い道のりを歩いて帰ったんだよ。

 

そしたら、お空にはお星様がきらきらと輝いていて、そんなパパを祝福してくれているようでした!

 

というエンディングがとくにお気に入りらしい。

 

 

母の手仕事

 

昨日ご紹介した「市場かご」ですが、

 

3歳になる息子も「これはいいねぇ。かっこいいねぇ」とほめちぎってくれて、

 

今朝は市場かごに通園用のバッグや荷物を入れて、よいしょ、よいしょ、と自分で提げて歩きました。

 

 

ところで我が家の主人の母の手仕事を紹介したいと思います。

 

 

刺し子のマットです。

 

ワインのボトル(このスプマンテ、かわいいお値段でとっても美味だった)

 

が目立っていますが、刺し子の柄がとってもかっこよくて、

 

民芸を超越した独創的なデザインになっています。

 

 

主人の母はとても手先が器用で、気の遠くなるような手仕事も苦にならず。

 

むしろ夢中になれて楽しいそうです。

 

母の漬物はいい塩梅でとてもおいしく、

 

昔はお祭りになると、

 

かますの押し寿司や煮魚、かつおのたたき、コーヒー寒天ゼリー、

 

などのごちそうをほぼ一人でこしらえていました。

 

 

 

手先が器用な人というのは、料理も丁寧だし、針仕事も上手だし、

 

自分の手を信じているから、まずは自分でやってみようという精神がある。

 

うらやましい限りです。

 

 

消えゆく手仕事

 

憧れの「市場かご」をとうとう手に入れました。

 

 

もう何年もほしいなぁと思いつつ、なかなか踏ん切りがつかず。

 

高知の日曜市で現物を手にしたときは、

 

なんだかフレームがゆがんでいて編み目もがたがたしていたので、

 

手に取ったものの返してしまった。

 

 

でも、ここ数日、市場かご熱が再燃し、いざネット検索してみると、

 

ほしいサイズは「在庫なし」の嵐!

 

やっと見つけたのは、日本の手仕事の作品を扱うショップで、

 

岩手の竹工芸組合の女性の方が編んでくれたものだそう。

 

注文した次の日には丁寧に梱包された、マイ市場かごが到着し、

 

中には岩手県二戸郡鳥越地区のルヨさんという女性の紹介記事も入れてくれていた。

 

ルヨさんは従来の編み方よりも、より編み目が細かく美しく見えるように編んでいるそうで、

 

確かに、届いた市場かごは、素朴ななかに端正な美しさがにじみ出ているよう。

 

上かたのぞいた形にもゆがみはなく、幼いころから体が覚えている、という名人の技が息づいていました。

 

 

竹のかご、といえば、高知と岩手が有名なようですが、

 

どちらも編み手である職人さんが減少しているのが現状。

 

あと10年もしたら、「市場かご」は新品市場から消えてゆくかもしれません。

 

 

日本の手仕事に憧れを持っていながら、ふりかえれば自分の体には何の技術も記憶されていない哀しさ。

 

じっと手を見る、平成最後の秋でした。

 

判断能力があるうちに!

 

小さな司法書士事務所でも超高齢化社会の到来を身近に感じる今日この頃。

 

最近非常に増えているのが認知症になっている、あるいは認知症の傾向が見られる親の財産管理に関するものです。

 

遺言をしたい、贈与をしておきたい・・・。

 

ご家族なりにさまざまな考えをもたれて相談されますが、

 

そこに立ちはだかるのが「判断能力」の問題。

 

 

第三者からみれば、どうしてもっと早くできるうちにしておかなかったのか、

 

という問いかけをするのは簡単ですが、

 

おそらく親御さんの性格や家族の関係性など

 

他者にはわからないさまざまな状況があるのだと思います。

 

 

それでもなお、やはりお伝えしておかなければなりません。

 

次世代に迷惑を掛けたくない、次世代のために、と思うならば、

 

元気なうちに、しっかりしているうちに、判断能力があるうちに、

 

遺言や生前贈与などの手続について考えてみてください。

 

 

ビビりな2歳児。

 

胸についてるトーマスの顔のワッペンが「こわい」からトーマスのTシャツは着ない。

 

保育園にあるすべり台以外のすべり台は「こわい」から滑らない。

 

ブランコは「こわい」からあんまり揺らさないで。

 

ひとがいっぱいいるところでは「こわい」から抱っこがいい!

 

 

「こわい」ことだらけな2歳児。

 

 

夕食のテーブルで、

「ほんまうちのこビビリやわ」

「ブランコなんて一人で乗ってる子もいるのに」

「公園いっても遊具で遊ばんしなー」

などと夫婦で語り合う日々。

 

で、一つでも「こわい」ことを克服してやろうと、

 

日曜日の夕暮れ、こどもを抱っこしてすべり台を滑ってみたら、

 

大人でもこわかったよ。

 

 

 

それからは、『「こわい?」なら、やめとこね』といえるように。

 

そういえば、いつも、子どもに対して、上から目線だったよなーと振り返ってみた。

 

 

 

 


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